学部長メッセージ

生きているとは、心が、いや、その更なる深みに息づく魂が働いていることです。魂は止まれば死んでしまいます。魂は動き続けなければなりません。動くには何が必要でしょう。箱の中にぎっしり詰められた物は動きません。動くのに必要なのは隙間です。遊ぶ自由空間があるからこそ動けるのです。そもそも魂は根本的に自由です。動けば心や魂は何かにぶつかります。それを弾き飛ばしたり、取り入れたりと、心や魂は自らを新たにしていきます。まさに生きるとは魂の弛まぬ自由な自己創造なのです。

創造する自己、創造される自己、そして創造された自己はさらに新たな自己を創造します。つまり、自己は過去の創造された自己を背負い、未来に向かって新たな自分を創造します。だから、自己創造には過去への責任と未来に向かう勇気が必要です。過去の自己を顧みない自己は無責任であり空虚です。未来の自己を創造しない自己は臆病であり、これも空虚です。過去の自己を背負い、未来へと向かう自由の無限の広さを恐れはいけません。自己創造の自由を制限して魂を死なせないでください。

確かに自己創造には恐怖や不安があります。何故か。創造は未来に向かいます。未来は不確かです。しかも、未来に向かうとは、過去の自己を踏み越えることです。過去の自己が崩れます。つまり、自己創造とは自己の死と再生の物語です。死を含むからこそ自己創造には恐怖や不安が影のように絡みつきます。しかし、再生は死なくしてはありえません。死を恐れず創造する勇気と、未来の自己への希望を忘れないでください。

魂の自己創造は自らの想いを表現することです。想いは心や魂から溢れて音となり、言葉となり、生きる力となり、さまざまな物語を紡ぎます。思想、歴史、社会、文学は魂の物語です。それらは、過去の偉大な魂の自己創造の物語です。それらを哲学科、史学科、社会学科、文学科で皆さんは学びます。本学文学部は100年にわたって語り継がれ、新たに創造され続けている大いなる物語です。そこで学ぶとは、偉大な魂と貴方自身の魂とが語り合うことです。時空を超えて、プラトンや西田幾多郎などの偉大な哲学者、江戸時代の庶民、近代ドイツの人々、東アジアの文化に生きる人々、現代社会を生きる人々、源氏物語や平家物語の人々、シェークスピアやO.ヘンリーなどの偉大な英米の文豪たちと、魂で語りあってください。その他、語りあうべき多くの偉大な魂を、私達教員は皆さんに語り伝えます。そして、その対話の中で感受され溢れてきた想い、自らの魂を、卒業論文で物語ってください。それが未来の貴方の礎となるはずです。

自己創造は対話です。それは自己自身との対話であり、また他者の魂との対話です。対話には他者の魂と共鳴する感受性が必須です。他者への共鳴なくして自己創造はありません。貴方の自己創造は他者の自己創造と交差しています。他者によって貴方が、貴方によって他者が、相互の共鳴を介して独自の創造を行います。他者と無関係な個性などありません。個性は他者との対話のなかにこそ生まれます。ならば、他者を自己自身であるかのように尊重すべきです。尊重し合う相互の共鳴こそが、他者への理解と思いやり、優しさの源泉です。自己創造とは共に生きることです。ならば、他者の自己創造の自由を侵害してはなりません。それは他者から魂の活動を、生きることを奪うことです。従って、他者の自己創造を軽々しく批判し、誹謗中傷することは厳に慎むべきです。

本学文学部での学びを通して、教員や他の学生さんたちとの対話のなから、自己と他者を尊び、自己と他者の魂の交流を物語れる者となってください。しなやかで強靭で優しさにあふれた魂の物語を紡げる創造者へと、皆さんがなられることを心より祈願します。

むらかみ・きよし
プロフィール
■専門分野
キリスト教思想、生命倫理
■学歴・取得学位
立正大学文学部哲学科卒
1989年、上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士前期課程修了(文学修士)
1993年、上智大学大学院哲学研究科哲学専攻博士後期課程中退
■所属学会
日本宗教学会